12/16 立花ゼミ発表原稿(いいじま/L94102@mail.ecc.u-tokyo.ac.jp) --------------------------------- introduction -------------------------------- 今回ご紹介するネタは、テキスト(Gregory: Eye and Brain)でも ちらっと出てきた the Visual Cliff です。日本語の定訳は「視覚的 断崖」だそうです。 ちょこっと調べてみたら、言葉の通じない乳児や動物の奥行き知覚を 調べる方法として割とポピュラーな手法だそうです。 Gregory の教科書ではごく短く、人間の赤ん坊での実験結果を簡単に 紹介しているだけなのですが、元の記事にあたってみると、ほかにも いろいろ、たとえば ○人間のかわりに他の動物(ラット・ネコなど)の赤ん坊を  使ったら、どういう結果になるか? ○赤ん坊は、どういう奥行き手がかり(depth cue(s))を  使って奥行きを判断しているのか?  #Gregory の教科書をお持ちの方は 166 ページの下から  #2 番目の段落を見ていただければいいのですが、  #“probably from motion parallax (運動視差) when  #the baby moves its head”とだけ書いてあります  #(自分ははしょったかも)が、きょう発表する元の記事  #ではラットを使ってもう少し詳しく調べていますので、  #それをご紹介します。 ○暗いところで育てた動物(ここではラットとネコ)を使って、  生まれつき身についている要素と後天的な(学習によって  身につける)要素とを切り分けてみよう といったことをしているので、それを紹介したいと思います。 -------------------------------- 事務連絡: 出典 ------------------------------- 出典は、お配りしたプリントに書いてある通り、Scientific American という雑誌です。いわゆる学術雑誌(専門家を読者として、正式な論文を 発表するような雑誌)ではないのですが、向こうでは非常に定評のある 一般向けの科学雑誌です。日本語版が『日経サイエンス』というタイトル で出ています。 Gregory の本の References では「202 巻の 64 ページから 72 ページ まで」と書いてあるのですが、この雑誌は学術雑誌とは違ってページ番号 が通し番号になっていないので、「何月号か」ということまで指定しな ければいけません。たしか 4 月号か 5 月号のどちらかだったのですが、 どちらなのかを書いたメモをなくしてしまいまして、もういちど図書館に 行って調べるのが面倒なのでそのままにしてあります(^^:) 読みたい方 (図表をカラーで見たいかた)は総合図書館の書庫本カウンタで「Sci. Am. の 202 巻」といえば 1 月号から 6 月号までが一緒になって製本され たものが出てきますので、その中から探してくださいませ。それから、 最後の 72 ページはじつは次の論文(the Moessbauer Effect)に付属の 写真だったので、省きました。 ------------------------- 1. 復習: 人間の赤ん坊の場合 ------------------------- さて、では順番に読んでいきたいと思います。まずは Gregory の 教科書を読んだときにもご紹介した、人間の赤ん坊での例です。 1.1 まずはじめにこの記事では、「ハイハイ、ないしはヨチヨチ歩きの段階の 赤ん坊は、高いところから落ちることがある」と言っております。それでは 危ないので、どこのベビーベッドにも必ず柵がついていますし、階段にも 柵を設けて、赤ん坊が独りでは階段から降りられないようにしたりもする そうです(私はまわりに赤ん坊がいませんでしたし、さらに自分が生まれた 家も平屋建てだったので、実際に階段に柵をつけてあるのは見たことが ないんですが…ひょっとしたら日本とアメリカの文化の違いでしょうか?)。 もちろん、赤ん坊が何らかの行動をしているときには、大人がいつも 近くで目を光らせています。 ところがそのうち、赤ん坊の運動能力が成熟してくると、自力でそう いう accidents から身を守るようになります。 では、このように高いところから落ちないようになるのはどうしてか、 というと、常識的にはまず「学習、つまり、トライ・アンド・エラーで 覚えるのだ」ということが思いつきますが、それで正しいのか、それ とも、生まれつき高さ(ないし、奥行き)を認識することはできるの だけど、体が思うように動かないから落ちてしまうというだけのこと なのか、というのが第一の疑問です。 トライ・アンド・エラーというのは危険を伴います。で、考えてみれば、 こういう重大なことをトライ・アンド・エラーに任せていたら大事故が 起こりかねないわけです。 #ちょっと横道に逸れますが、たとえば、国によっては、小さい #赤ん坊の指をわざとストーブに押し付けて「直火は見えない #けど、これは熱いんだ」ということを覚えさせるという有名な #話がありますが、これは、そうしないでトライ・アンド・エ #ラーに任せていては大やけどをするおそれがあるからですね。 さて、真相やいかに、というわけです。 1.2 本文に戻ります。「この問いに対する答えは、空間知覚(奥行き知覚) 全般の起源を明らかにすることにも役立つであろう」と著者たちは 言っております。つまり、 ○どの発達段階で、生き物は奥行きがわかるようになるのか?  #生まれつきわかるのか? それとも、生後何日か、あるいは  #何ヶ月かして身につくものなのか? ○それには動物の種による差は見られるのか?  #たとえば、ヒトとネコとでは違いがあるのか、あるとして  #どういうふうに違うのか ということです。 1.3 ここで出てくるのが、visual cliff という装置です。本物の崖では ないので、実験に必要な条件統制ができるのはもちろんのこと、被験者 にけがをさせる心配がない、ということを利点としてあげています。 #ただ、人間の場合には、肉体的なけがをさせる心配がなくても、 #精神的なトラウマを残す可能性があってできない実験という #のもありますが、それは動物での実例が出てきたところで #説明します。 さて、ここは Gregory の教科書でやったことの復習になりますが、 装置の仕掛けです。【黒板に図を書いて説明】まず枠がありまして、 そのいちばん上の面に厚い板ガラスが敷いてあります。このうち半分 の面の上には市松模様のシート(プラスチックの薄い板でしょうか?) がかぶせてあるので、下は見えません。反対側は透明なままで、下が 透けて見えるようになっています。で、透けて見えるその下の地面と 側面に同じ市松模様のパターンが書いてあります。 #こういうふうに口で言うよりも、写真を見てもらった方が #一目瞭然だとは思うんですが。 で、この中央部に一段高いところがあります。ここも同じ市松模様に なっています。(本文ではこの部分を center board と呼んでいます。) ここに赤ん坊を置いて、こっちには行くかな、逆にこっちにならいく かな、ということを見るわけです。 #see photograph on cover と書いてあるのですが、この号の表紙を #持ってくるのを忘れてしまいました。ごめんなさい m(_ _)m 1.4 被験者は 36 名の乳児、生後 6 ヶ月から 14 ヶ月(14 ヶ月じゃ乳児とは 普通は呼ばないけど、まあいいか)。被験者の赤ん坊を center board に乗せて【赤ん坊の絵を描く】、その赤ん坊のお母さんが崖がわから、 あるいは陸がわ(shallow side)から声をかけて呼び寄せます。この とき、赤ん坊が陸がわには行くということは常識的に考えられるのですが、 逆に崖がわには足を踏み出すのでしょうか? これによると、陸がわから呼んだときは 36 人中 27 人がそっちに行った と書いてあります(残りの 9 人は陸がわから呼んでも center board から降りなかったということです)。この 27 人のうち、崖がわでも 母親のところまでたどり着いたのはたったの 3 人とあります。 #この 3 人の歳が書いていないのでちっょとあやしいことが #あるんですが。 残りは母親が崖がわから呼んだら反対方向に行ったりとか、その場で 泣いてしまったりとか、そういう結果になったそうです。 ということで、この実験から結論として、「ハイハイができるくらいの 人間の赤ん坊は、だいたい奥行きがわかるものだ」ということが導き 出されたわけです。 1.ex これに関して、手元の資料の中でおもしろいものを見つけたので御紹介 します。岩波の現代心理学入門というシリーズの中の『発達心理学』と いう本です。 アンダーラインを引いたところを読みます。 さらに、乳児にとって意味の曖昧な… …母親が怖がった表情をしている場合には渡らなかった (Sorce et al., 1985) とあります。 今回の事例では 36 人中 3 人が崖を渡ったとありますが、もしかしたら あるていど年長の子供にはこういった点の影響がすでにあらわれている のかもしれません。 #歳が書いていていないのではっきりとはわからないのですが。 ------------------------- 2. 詳細分析 & 動物実験その 1 ------------------------ 2.1 もう少しだけ、この実験の結果について詳しく見ていきましょう。 「この実験から、赤ん坊が視覚情報(目で見た情報)に頼っている ということは明らかである」と筆者たちは言っております。この実験の 際に、赤ん坊が、崖がわの下の方をガラス越しにじっと覗き込んで、 それから引き返すという行動が見られたそうです。あるいは、 子供によっては、透明なガラスを手で触ってみて、固くて丈夫だと いうことは明らかなのにもかかわらず、それでもそこに足を踏み 出そうとはしなかった、とも書かれています。 もう一つ、「運動能力よりも知覚のほうが先に発達することも明らかだ」 と言っております。というのは、つい崖のほうに手をついてしまったり、 あるいは、陸がわに行こうとしたところが崖のほうにしりもちをついて しまった、といったことがみられたそうです。したがって、いくら奥行き がわかるからといっても赤ん坊を独りにしておくのは危険だ、と結んで おります。 以上が、人間の場合の研究結果です。 2.2 さて、たしかに、人間の奥行き知覚が非常に早い段階から備わっている ということはわかったのですが、でも、これだけでは、それが生まれつき かどうかまではわからないわけです。 そこで、同じような実験を他の動物でもやってみました。その結果、 どうやら生まれつきらしいという説が支持されたので、見てみましょう。 使った動物は、ニワトリ、カメ、ラット、ヒツジ、ヤギ、ブタ、ネコ、 イヌです(ただしこのうち、ブタとイヌでの結果は書いてありません)。 これらの動物の示した行動はすべて、その種にとって、生き残るために 視覚が果たす役割と密接に関係した、それぞれの種に特徴的なもので あった、とあります。それぞれの種ごとに見ていきましょう。 2.3 まず、ニワトリのヒナの場合。その日に生まれた(生まれてから 24 時間以内の)ヒナを使ってこの visual cliff でテストしてみたところ、 一度も“間違い”をすることなく、陸がわに飛び降りたんだそうです。 ※※Without doubt 以下省略 2.4 ヤギやヒツジの場合もまったく同様に、生後 1 日のヤギやヒツジで テストして場合、やはり一貫して陸がわに降りるという結果になりました。 では、このヤギやヒツジを center board ではなく崖がわのガラスの 上に置いてみたらどうなったかというと、おびえてしまって、防御姿勢 (posture of defence)になってしまったとあります。足を出そうと しないで、前足は硬直していて、後ろ足のほうは腰が抜けてしまった とあります。(この次の 66 ページに、ネコの場合ですが写真が出て います。ふたつあるうちの下の方です。)ところが、この動けない 状態から、人間が前に(つまり、center board のほうへ)押して やって、視界から透明なガラスの部分が消えると、落ち着きを取り戻して ふつうに歩き出したということです。 #さすがにこういう実験は人間じゃできないですね。こういう #怖い目に合わせるとあとでトラウマが残る心配がありますから。 2.5 ヤギやヒツジに関しては、Cornell の Behavior Farm でもう少し詳しい 実験が行われています。崖がわのガラスの下にベニヤ板を置いて、それ を上げ下げすることによって【黒板で説明】崖の深さを調整できるよう にしてみました。このベニヤ板がガラス板のすぐ下にあるときには、 ヤギやヒツジは平然とその上を歩いているわけです。そこで、その状態で ベニヤ板を下に落として崖を深くしてやります(本文には 1 フィート 《約 30 cm》以上と書いてあります)。そうすると、一瞬で動けなく なってしまいました。 で、この動物たちは、すでに実際にガラス板に触っているわけで、 それが固くて丈夫だということは明らかなのにもかかわらず、視覚的な 手がかりが最優先になってしまう、言い換えれば、安全か危険かという ことについて、視覚的情報に依存している、ということがわかりました。 2.6 では、ほかの動物ではどうかということになりますが、次に出てくるのが、 夜行性の動物であるラットです。ラットは、視覚的な情報だけではなく いろいろな情報を利用しています。たとえば、食べ物を探すときは臭いを 重要な手がかりにします。あるいは、動くときには、鼻先からのびている ヒゲが触れるか触れないかを重要な手がかりにしています(次に出てくる ネコと同じですね)。 #hooded rats ってどういう意味? さて、ラットの場合はどうなったかというと、ヒゲが下のガラス板に 触れるような高さの center board に置いてやると、崖がわと陸がわの どちらにも同じように降りていきました。あるいは、いきなり透明な ガラスの上に置いてやってもほぼ普通どおりに歩いていた、ということ だそうです。ただし、center board をもっと高い位置に持ってきてやって、 ヒゲが下のガラスに(もちろん反対側の“地面”にも)届かないような 高さにしてやると、この場合は、目で見た情報を頼りにしたのでしょう、 ほぼ必ず(95% 以上)陸がわに降りたということです。 #じつは生後何日なのか書いていないのですが… -------------------- 3. 動物実験その 2 & まとめ & 統制実験 -------------------- 3.1 では、同じく夜行性であるネコの場合はどうなったのか? ネコの 場合は、たしかにラットと同様に夜行性ですが、自分で狩りをして 獲物をとって生きているという関係上、ラットよりは視覚情報に強く 依存している、と書いてあります。 で、ネコの場合の実験結果は、ラットよりもむしろヤギやヒツジでの 結果に近いものになりました。かならず陸がわに降りました。 #ここで使ったのは生後 4 週間のネコで、だいたい #そのくらいで運動能力が一通り揃うんだそうです。 あるいは、透明なガラスの上に乗せてやると(これが 66 ページの図 ですね)動けなくなってしまったり、後ずさりしてグルグル回って しまったりしてしまったんだそうです。 3.2 最後がカメの場合です。カメの奥行き知覚に関しては、陸ガメと海ガメ とでは、海ガメの方が奥行きの弁別能力が低いということがすでに報告 されています(ハーバード大学の Robert M. Yerkes という人の 1904 年の発見だそうです)。あるいは、ガラスの面では反射光がありますが、 それが水面での反射のように見えるのでかえってそっちを好むのでは ないか、とも考えられます。 では、今回カメで実験してみて結果はどうだったのかというと、76% の 割合で陸がわを選んだとあります。 #歳が書いていない この、崖がわに行った割合 24% というのはほかの動物と比べると非常に 大きい数字なんですが、この原因は、カメの奥行き弁別能力が今回使った ほかの動物よりも低いせいとも、あるいは、カメは自然界では下に落ちる ということを恐れることがネコなどと比べると少ないせいだとも解釈でき ると言っております。(それ以上ふかくは追及していません。) 3.3 以上をまとめますと、すべてこの結果は、常識的にこれらの動物の習性 や進化の歴史について知られていることと合致する、と結んでいます。 つまり、どの動物についても、自分で動けるようになるまでには(ニワト リやラットの場合は生まれてすぐですが、ネコの場合は生後 4 週間、ヒト の場合は 6〜10 ヶ月)奥行きがわかるようになっていなければ、そもそも 種として生き残りが困難なはずで、こういう必須能力が危険なトライ・ アンド・エラーを経なくても備わっているということは進化論と合致する、 と言っております。 3.4 で、念のため、統制実験をいくつか、ラットで行ってあります。 ○ガラス面での光りの反射の影響があるのではないか? つまり、  ガラスを怖がっているせいで、崖がわには降りてこないという  ことがあるのではないか?  →ガラスの下で照明をしてみました。つまり、おそらく   ここからこういうこういう風に【図を使って説明】   照明したのでしょう。(ただしここでは、他にも条件が   少し変わっています。p67 のヤギでの図を見てもらえば   わかりますが、今までは center board から見て左側だけを   落としていたのですが、この実験に関しては左右とも   落として flat になっています。)  →結果は今までどおり、ラットは一貫して陸がわを選択 ○周りが市松模様になっていますが、この模様はどんな役割を  果たしているのか?  →模様をすべて無地のグレーにしてみた  →崖がわ・陸がわのどちらにも同様に行くようになった #少し先のページになりますが、p70 の右下の図が #そうです。 ○center board の両側とも同じ高さにしてみた。つまり、  両方ともこの高さならこの高さ、この高さならこの高さ  【図で説明】にそろえてしまうわけです。  →高い位置だと偏好なし、どちらにも行く  →落としてみると、どちらにも行かない #目的(1)片方はガラスの上、もう片方はガラスの下。 # この差は? # (2)実は単なる左右偏好か何かでは? -------------- 4. ふたつの depth cue & 暗所生育動物での実験その 1 ------------- 4.1a さて次は、「動物は、どんな手がかり(cue)を使って奥行きを判断して いるのか?」という話に移りたいと思います。 今までの実験から考えられる手がかりは、とりあえずふたつです。 ひとつめは、遠くのものほど小さく見える、間隔も狭くなる、という ことです。本文中では pattern density(パターンの密度)とか texture density とかいっています。 【OHP に p68 の摸式図を映し】図をごらんください。この楕円は動物の 視野を表しています。このように近く(崖の上)にあるものは大きく 見えますし、間隔も開いています。逆に、遠く(崖下)にあるものは 小さく見えますし、間隔も狭くなっています。 右側の図も説明しておきますと、円の中心が目を表しています。この円と 線が、それぞれの点が視野上のどこの位置にくるのかを示しています。 つまり、たとえばこの点は視野のこの位置にくるというわけです。 もう一つが運動視差(motion parallax)で、これは、目を動かすと、 近くのものほど大きく動いて見える、ということです。 【図を映して説明】 ○中央の図は顔を乗り出した場合、下の図は左右に振った場合を  示しています。 ○楕円の中は各点がどう動くか、たとえば、こう顔を動かした  ときにはこの点はここからこう動く、こう動かしたときには  この点はここからここへ動く、ということを示しています。 このように、近いところ(崖の上)の点のほうが、動きが大きく なります。 4.1b ここで、まずは運動視差の効果を見るために、パターンの密度による 手がかりをなくしてみます。そのためには、遠いものを 近いものよりも大きく作って、それぞれの点を見たときに同じ大きさに 見えるようにしてやればよいわけです。 【p69 の上図を OHP に】 ○遠い点の方が実際には大きくしてあるので、ここから  見ると同じ大きさに見える。 ○ただし、遠くにあることは事実なので、顔を左右に振って  みたら、近くのものは大きく動くけど、遠くのものが少し  しか動かないということにはかわりはない。 したがって、この状態では、じっと止まっていてはどちらが遠いのかは わかりませんが、動けば運動視差でわかる、ということになります。 #余談:トラックと乗用車のテールランプのサイズ そうして、パターンの密度という手がかりをなくした状態で今までと 同じようにやって見たところ、 ○大人のラットの場合はきちんと陸がわを選んだが、前に紹介した  ような標準の条件よりは陸がわを選ぶ度合いが低かった。  (ただし、具体的な数字は書いてありません。) #標準条件との差の解釈については、あとで説明します。 ○ラットの子供(歳は書いていない)や、その日に生まれた  ニワトリのヒナの場合は、標準条件と同様、ほぼ 100% の  割合で陸がわを選んだ。 という結果になりました。 結論として、どちらの動物も、運動視差だけで、つまり、パターンの 密度という手がかりに頼らずに、奥行きを弁別できるということが わかりました。 #運動視差だけ、と言ってしまったが、じつは他の手がかり #まで完全につぶしているわけではない それから、これらの動物の場合は両眼視差(binocular parallax)は あまり重要な役割は果たしてなさそうだ、とも書いてありますが、 これについてはそれ以上は書いてありません。 #発達関係の本を読むと、この辺はもっと詳しく書いてある #かもしれません。 4.2 では逆に、運動視差の違いをなくして パターンの密度 だけを手がか りにしてみたらどうなるでしょうか。運動視差をなくすためには物理 的に同じ高さに置いてやればいいということになります。 【p69 の下図を OHP に】 ○奥と手前とでは、実はパターンは同じ高さにあります。  つまり奥のものの方を物理的に小さくすることによって、  遠くにあるかのように見せかけています。 ○同じ高さですから運動視差はどちらでも同じです。 ではその結果はどうなったかというと、 ○ラットの場合、大人でも子供でもパターンの大きい  (つまり、近くにあるように見える)方を選んだ #大人と子供の差は書いていない ○生後 1 日のヒナの場合、偏好なし ということになりました。 次の p70 に写真が出ております。 ○模様のある 3 つの写真では、実は左右ともとも同じ高さに  なっています。違いは模様の大きさだけです。 ○目の粗い方を選ぶという結果が得られた ○グレーで実際に奥行きが違う場合は偏好なし パッと見ただけではそんな子供だましに引っかかるのかな? と 私なんかは思うのですが、それが引っかかるんだそうです。 #両眼視差がを使っていないらしいというのはそういう話? 以上をまとめますと、 ○運動視差による手がかりは生まれつきに近い時期から  利用している ○一方、パターンの密度の利用には学習が影響するのではないか と推測することができます。 #ラットの子供とはいっても、生まれたばかりではないので、 #それまでの学習の成果としてパターンの密度を利用したけれど、 #生まれたばかりのニワトリのヒナの場合はそれがないので #利用できなかったのではないかというわけです。 # #あるいは、大人のラットで、パターンの密度の効果を排除 #したら成績が少し下がったが子供では下がらなかった、 #という結果も、大人の場合はパターンの密度も考慮に入れて #いるが、子供の場合は(あまり)考慮にいれないせいだとして #説明できます。 さてそれでは、暗いところで育てた(つまり、視覚に関していっさい 学習をしていない)動物を使って、それを確かめてみよう、というのが 次の話になります。 4.3 暗いところで育てた動物と、ふつうに光にあてて育てた動物とで 比較するという手法は、1934 年、シカゴ大学の Lashley と Russell の実験にさかのぼる、とあります。 この実験は、ラットをジャンプ台から別の場所(platform と書いて ある)に飛び移らせるという課題でして、やってみたところ、暗い ところで育てたラットでも、明るいところで育てたラットでも、ジャ ンプ台から platform までの距離に応じて飛ぶ力を的確に加減して いたという結果が得られました。そこで彼らは、「ラットの場合、 奥行きを知覚する能力は生まれつき備わっているのだ」という結論を 出しました。 ただし、この方法には問題点がありまして、それは、きちんとジャ ンプ台から飛ぶようにさせるためには予備訓練(pretraining)が 必要になるという点です。そうすると、生まれつきにはそなわって いなかったことを、予備訓練の間に学習してしまうので、暗いところで 育てた意味がなくなってしまう、とも考えられるわけです。 一方、この visual cliff という手法は予備訓練を必要としません ので、こういう実験にはうってつけの材料だ、といっています。 生後 90 日のラットで比較したところ、ふつうに光をあてて育てた ラットも、90 日間ずっと暗いところで育てたラットも、両方とも きちんと陸がわを選んだという結果が得られました。つまり、 Lashley と Russell のいう通りだ、ということがわかりました。 #ここで使ったのは標準の visual cliff です。 さて、ここでさっきの、パターンの密度 と運動視差の問題に戻るの ですが、暗いところで育てたラットは、このどちらを手がかりとして 奥行きを判断するのか、ということを調べてみました。 その結果はというと、 ○運動視差だけを手がかりとした場合(遠いものをわざと  大きくして、静止状態では同じ大きさに見えるように  した場合)  →普通のラットと同様、陸がわを選択 ○パターンの密度だけを手がかりとした場合(同じ高さにして、  片方は小さい、密なパターンを作ってある場合)  →偏好なしになる という結果になりました。p71 の下図を見よとあるが、あとまわしに します。 で、この結果は、さきにヒナ(同じく、学習経験なし)で行った 結果とよく似ています。 ということで、どうやら、 ○運動視差による奥行き知覚は先天的に備わっている ○パターンの密度 による奥行き知覚は学習によって身につける ということになりそうだ、と結論づけています。 -------------------- 5. 暗所生育動物での実験その 2 & まとめ ------------------- 5.1 さて、以上はラットでの結果です。あくまでラットでの結果ですから、 他の動物についてもこれが自動的に当てはまるとはいえません。そこで、 ネコでも似たような実験をしてみました。ただしこちらでは、運動視差 だけ、あるいは パターンの密度だけという突っ込んだことはしていなくて、 両方の手がかりのある標準の visual cliff だけで実験しています。 そうすると、やはりネコでもトライ・アンド・エラーをせずに奥行きが わかるんだということがわかりました。 ただし、ラットの場合は暗いところから出したらすぐに目が見えるように なったのですが、ネコの場合はあるていど光を浴びないと見えるように ならないという違いがあります。そこで、明るいところに出してから、 まいにち実験をして経過を記録しました。 このとき使ったネコは、生まれてから 27 日間、暗いところで育てられた んだそうです。 #最初に紹介した実験でも、運動能力が成熟するのには約 #4 週間かかると書いてありましたよね。 で、明るいところに出してから最初にやってみた実験では、崖がわと 陸がわのどちらにも同じように行き、また、崖がわのガラスの上に 置いてみても特に怖がることもなく平然と歩きまわっていたという ことです。 #ほかの研究によると、暗い所で育てたネコは障害物を避けようと #せずに物にぶつかってしまったり、あるいは通常の眼球運動が #見られなかったりするそうで、つまり本当に見えていないのだ #そうです。 が、だいたい 1 週間も経つと、前に説明した普通のネコと同じような 挙動を示すようになりました。たとえば center board に置いてやると 陸がわだけを選びますし、崖がわのガラスの上に置いたら、やはり普通の ネコと同様に怖がってしまったんだそうです。つまり、目が見えない時期に ガラスの上に置かれて、そこが安全だということははっきりしているにも 関わらず、そうとは考えなかった、ということです。 【p71 の下図】 ○縦軸が陸がわを選んだ割合 ○横軸が動物種&条件 左端が、ラットで運動視差だけを手がかりにした場合 真ん中が、ラットでパターンの密度だけを手がかりに した場合 右端が、ネコで両方の手がかりを使った場合 ○白い棒は普通の(明るい所で育てた)動物の場合、黒い棒は  暗いところで育てた場合。  ネコの場合はもう一つ、斜線をひいたものがありますが、これは、  暗い所から出したばかりでは目が見えなかったので、毎日  おなじテストをやって、外に出してから 1 週間後の場合です。 ○明るい所で育てた場合では、どれでも非常に高い割合で  陸がわに行きました。(これは当然です) ○暗い所で育てた場合:ラットでは、運動視差を手がかりにした  場合は高い割合のままでしたが、パターンの密度を手がかりに  した場合は半々 #コピーが見えにくくて済みません 矢印をつけて #おいたのでそれを目安にしてください。 ○暗い所で育てたネコの場合、見えていない(temporary  blindness)のだから 50% は当然。1 週間後は明るい所で  育てたネコと同じような結果になりました。 【p71 上図は統制実験】 目的:ガラスの反射の影響か? ガラスありとなし(本当に崖)とで、飛び降りた率の違いを見る。 #本当は 2 ほんの折れ線のうち片方に色がついて #いるのだが →大差なし ---------------------------------- エピローグ --------------------------------- で、最終的な結論として、「運動能力が備わるまでには、奥行き知覚は 身についている」ということを述べています。つまり、生まれたときから 歩ける動物なら、生まれたときから奥行きがわかる、ということです。 #生まれたときにはまだしっかり動けない動物の場合は、 #生まれたときからわかる必要はない。ネコがその好例か? #(ネコって生まれたばっかりじゃ動けないよね?) そして最後に、もっと研究を進めれば、たとえば ○まずどの奥行き手がかりを使うようになって、そのあと、  どんな手がかりから順に使うようになるのか ○どういう視覚経験(visual experience)が、この成熟  過程を加速したり抑制したりするのか といったことがわかるのではないか、といって締めくくっています。 --------------------------------- end of file ---------------------------------